「真面目に見られることが苦痛」そんな自分を親子関係性から紐解いてみよう。

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「真面目にみえる自分」に悩んでいる人がいる。

親子関係性から自分を紐解こう。

カナイダ (@kanaidanet) です。

この前、患者さんと話していて突然のカミングアウト。

患「僕、昔から気にしていることがあるんです。」

カナイダ「気にしてること?どんなことですか?」

患「自分がパッと見て真面目にみえるところなんですよね。」

カ「なるほど。」

真面目っていうのは世間では良いイメージ。

でも意外に真面目な自分にストレスを感じている人は多いもの。

その人いわく、

患「よく話すようになった人にはカミングアウトするんですけど、「真面目だね」って言われて少しも嬉しくない。」

カナイダ「ふむふむ。」

患「本当は不真面目なのにー。適当にしちゃいたいのに。真面目にしちゃう。本当はそんなつもりなんてないのに。けっこうそれって辛かったりするんですよ。思い返すと、小さい頃から両親に言われたんですよね。

「ちゃんとしなさい。」
「真面目にしないといけないのよ」
「お兄ちゃんなんだから〜しなきゃいけない」

とか言われ続けていて。

子供ながらに

「なんでそんなこと言うんだろう。それって本当?誰が決めたんだよ。」ってずっと思っていました。

カナイダ「ふむふむ。なるほど。」

患「それで親に。どうしてなの?って聞いてみると。“そうしなきゃいけないの。”って。誰が決めたんだよって思ってました。」

カ「なるほど。」

患者「その時はムシャクシャしてて‥。でも今はなんとか許そうって思ってますよ。親に感謝というかね。

カ「え!?」

その「許し」って我慢してない?

いやーびっくりしたんです。この患者さんが言ってたことは僕の中にもあって、しばらく僕も悩んでいましたから。

でもね。真面目にみられるっていうことは自分で真面目にしているんですよね。

だから、そう見られても仕方ない。それに真面目に見られること自体に良し悪しはなくて、

大切なのは本当の自分とのズレがあるかなんですよ。

最近流れなのか「親子」についての情報が僕のところに入ってくる。

息子が生まれたのもあって、最近「親子関係性」についての情報が僕のところに入ってきます。それで思うんですが、小さい頃の体験ってすごく根強く残っているんですよ。

刻まれているというかね。

今の自分の中には親からの毒もある。

自分だと思っていることも実は

「〜しなければならない。」と親に入れられたものもあります。両親はその時の子供に必要だと思って与えているものですが、大人になると必要じゃないこともあります。

反抗期をきっかけにして自分を創り上げる人もいれば、両親のことに逆らえず心に鍵をかけてしまう人もいます。鍵のありかもわからずに。

自分の親を正当化せず、「あ‥これはあの時に根付いたものか‥今はいらないから、もうこだわるのはやめよう。」って1つ1つ捨ててあげていいんです。

スペースが空けば、湧き出るものが出てきます。

自分の身に起きている問題や悩みと「親」との因果関係について気づいている人はほとんどいない。これはよくある心理的な盲点なのである。
なぜかといえば、ほとんどの人は、自分の人生を左右している問題のもっとも大きな要因が親であると考えることには抵抗を感じるからである。(「毒になる親」スーザン・フォワード、講談社より引用)

大切なのは気づきだな。

こういう話を聞いてだから両親を責めるの?ってそれも違う。両親からそうやって教えられたものが自分の中にあるってことに気づければ、あとは自分で少しずつ紐解いていけばいいんですよね。

これは小さい頃両親にもらったものなのか、それとも自分自身の中で芽生えたものなのか。自分の中にあるものを一つ一つ振り返ってみると人生また楽しく過ごせます。

今日はこの辺で

カナイダ (@kanaidanet) でした。

毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)

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