吉田松陰のお墓がある松陰神社に行ってきたよ。黒い鳥居がカッコいい。

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吉田松陰先生のお墓がある神社に行ってきた話。

松下村塾の看板にジーンとした。

▼目次

カナイダ(@kanaidanet) です。

この前世田谷のボロ市に行ってきたとき、

偶然吉田松陰を祀る神社に行ってきました。

普段の神社巡りとはまた一つ違う感覚を得たのでシェアしますね。

松陰神社に行ったのは偶然だった。

世田谷線の三軒茶屋駅から世田谷駅へ。

(そろそろか。)

降りてみると、そんなに混んでいない。

あれ?ここがボロ市があってる世田谷駅?

んー!?

↓ ↓ ↓

降り間違えとるやん。笑

世田谷駅の1つ前で降りてる。

乗り馴れてない電車はこういうことあるな。笑

まあ間違えたのは仕方ない。

一駅くらい歩こうと思ったとき、降車した駅の名前に目を奪われる。

「松陰神社前」

松‥陰‥神社‥‥?

松陰って吉田松陰!?

ググってみると日本に2つある松陰神社の一つが、この世田谷にある。

こ‥これは行くしかない‥。

ってことでボロ市に直行せず松陰神社に行ってきました。

その前に吉田松陰って?

吉田 松陰(よしだ しょういん)は、日本の武士(長州藩士)、思想家、教育者。山鹿流兵学師範。一般的に明治維新の精神的指導者・理論者・倒幕論者として知られる。私塾「松下村塾」で、後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた。(Wikipediaより引用)

今の山口県出身の武士。

「松下村塾」って塾で明治維新に関わった数々の著名人を教育したとされる吉田松陰さん。

最後は30歳って若さで処刑されてしまうんだけど、それまでに与えた影響はとても大きかったそうで。

松陰さんの死後も松下村塾の生徒がその後日本を大きく変えて行ったんですよね。

そんな松陰さんが祀られている神社の近くに下車したのは偶然じゃないかも‥これも引き寄せか‼︎

ってことで行ってきましたよ。

松陰神社に行ってきたよ!

「松陰神社駅」を降りて左へ。
商店街風の道をまっすぐ進むと松陰神社の鳥居が見えてくる。

神社が見てえくると開けていて気持ちがいい。

到着。

駅から本当近い。歩いて5〜10分ってとこですね。

それにしても鳥居が綺麗。

黒い鳥居って初めてだったので驚きです。かっこいいー。

鳥居をくぐって境内へ。

神社行くならやっぱり朝です。

この静かな雰囲気がたまりませんよね。

お社へ。

この地に来れたことの感謝をお伝えして無事参拝を済ませました。

満足して戻ろうと思っていたら看板が目に入る。

「松下村塾‥⁉︎」

松下村塾(レプリカ)を見てきたよ。

松陰神社にあるのは「複製」でしたが、忠実に作ってあるようでした。

↓ちなみに本物はこちらに

  萩市観光協会「ぶらり萩あるき」(萩市観光協会公式サイト)

現在の山口県萩市にあるもう一つの松陰神社境内に現物が存在します。

あの高杉晋作や伊藤博文もこういうところで学んだのか‥。

おおおおおおおー。

仮にレプリカでも、今もここに松陰さん時々来てるのかなー?

【松下村塾での教育】

多くの書物を読まずに、どうして将来語り継がれるような人になり得るだろうか。自分の労苦をいとう者にどうして人々の安らかな生活を築くことができようか。決してできない。(吉田松陰)

当時の看板もあったよ!

これが当時の看板。

みた瞬間、頭下げてましたよ。

少しウルっときちゃいました。

本当命がけだったんだろうな。

良し悪しをつけるわけじゃないけど、当時は今よりも寿命は短いし、維新志士側はいつ死んでもおかしくなかったはず。

僕は28歳だけど、この年なら死んでる人もたくさんいただろうな。だから毎日を大切に生きてただろうし自分がやりたいことに、全力で命を使っていたんだろうな。

本当当時はどんな話がされてたんだろう。

吉田松陰さんの本も読んでみようと思いましたね。松陰神社いいところでしたよ。オススメです♪

今日はこの辺で。

カナイダ(@kanaidanet) でした。

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