「スピリチュアルに甘えるな。」って件。自分を素直に内観しよう。

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スピリチュアルの勘違い。

嫌な自分も見ようよ。

カナイダ(kanaidanet)です。
僕は医療機関で理学療法士として働いていますが、今の職場は少し変わっていて「波動」とか「代替医療」とか「スピリチュアル」とかそういう言葉がよく飛び交う。

働き始めて三年経った今、“そっち系”の話はだいぶ受け入れられていて、実際人を見るうえで無くてはならないものになっています。本当素晴らしい考え方ですよね。

でも最近いろんな方から聞く話に、ちょっと違和感を覚えるんですよ。

スピリチュアルって言葉に乗っかった人たち。

最近TwitterやFacebookなどSNSで流れている「スピリチュアル」なのが個人的に合わない。流行ってるのもあるのかな。「アンタのはただの甘えだぜ」って言ってしまう。

自分を受け入れる考え方があるからと甘んじて、ぬるま湯に浸かってるようなね。それはどうかなと。

「スピリチュアル」=「甘え」ではないよ?

そもそもスピリチュアルとは?

英語のスピリチュアル(英: spiritual)は、ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する。(Wikipediaより引用)

この中でも最近よく使われているスピリチュアルって「魂」とか「精神的な」とかそこへの意識が高く、自分に向き合うことを捉えていますよね。

それで様々な書籍をはじめ、自分を開放する術として「頑張らなくていい」「やりたいことをやればいい」「自分を大切に」など、アドバイスが書いてあります。が、人によっては都合がいいように解釈しすぎ。

「自分と向き合うこと」が必要なのだから。

自分を理解するために、普段無意識に固めている自分の殻を破ることが時としてある。それは人と接する中で生まれることもあれば、環境から突然生まれることもある。それらに共通してあることは「気づく」ということ。

気づくためには自分をみる(内観する)必要があって、自分を見るときに好きな自分だけではなく、嫌いな自分も見る必要がある。そして気づいた瞬間に変化が生まれ、自分が変わる。

変わることが自然だから。

そもそも世の中のものは変わることが普通なので、変えようにしなくても変わっている。だから裏を返せば普段は変わらないようにしているだけ。

「こうしなければならない」という今までの固定観念に囚われすぎていて自分を変化させない。これは損な生き方なので、早めに気づきたいところですよね、

内観してみよう。

話は逸れましたけど、自分と向き合う時に自分の都合のいいようにスピリチュアルだなんて言ってる人たちは、結局自分に向き合っていない。
気づこうとしているけど見ない。
だから今一つになっちゃう。

良いことも悪いことも、楽しいことも苦しいことも全部自分に必要なものだし、それを経験して出ている感情も、すべて自分。

嫌な自分をも素直にみれることがスピリチュアルな見方ではないかな。

まとめ

日常ではいろんな経験の連続です。その中には意識的なものもあれば無意識に勝手に選択していることもあるけれど、
自分や環境を広く見て、
素直に見て、
認めて、
選択することが大切だと思いましたね。

以上、カナイダ(kanaidanet)による「スピリチュアルに甘えるな。」って件。でした。

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